大判例

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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)64号 判決 1996年3月13日

アメリカ合衆国

マサチューセッツ州 フラミンハム、ホワード ストリート300

原告

デニソン・マニュファクチュアリング・カンパニー

代表者副社長

ロバート・ジー・ヴァン・スクーネンベルグ

訴訟代理人弁護士

久保田穣

増井和夫

同弁理士

岡部正夫

加藤一男

東京都中央区日本橋茅場町2丁目17番5号

被告

更生会社株式会社日本バノック管財人 小林孝一

同管財人 松野功

訴訟代理人弁護士

中村治嵩

同弁理士

小川信一

野口賢照

主文

特許庁が、昭和54年審判第11997号事件について、昭和57年4月21日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

(1)  原告は、名称を「クリップ」とする特許第950343号発明(以下「本件発明」という。)の特許権者である。

本件発明は、1972年5月25日にアメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和47年11月30日、特許出願され(特願昭47-119445号)、昭和52年6月2日に出願公告され(特公昭52-20240号)、昭和54年4月27日に設定の登録がされたものである。

被告(当時は株式会社日本バノック)は、昭和54年10月3日、原告を被請求人として、本件特許の無効審判の請求をした。

特許庁は、同請求を昭和54年審判第11997号事件として審理し、昭和57年4月21日、「本件特許を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同年5月26日、原告に送達された。

(2)  原告は、本件審決に対し、審決取消訴訟を提起し(東京高等裁判所昭和57年(行ケ)第205号)、他方、特許庁に訂正審判の請求をした(昭和58年審判第6902号、以下「第1次訂正審判」という。)ところ、上記審決取消訴訟については、昭和62年4月30日、「原告の請求を棄却する。」との判決がされ、他方、第1次訂正審判については、訂正明細書(甲第3号証)のとおりに訂正を認める審決(以下「第1次訂正審決」という。)がされ、その謄本は、上記判決の後である昭和62年5月20日、原告に送達された。

上記判決に対する上告審(最高裁判所昭和62年(行ツ)第109号)において、最高裁判所は、第1次訂正審決が確定していることから、平成3年3月19日、「原判決を破棄する。本件を東京高等裁判所に差し戻す。」との判決をした。

(3)  被告は、平成2年12月28日、本件発明につき、第1次訂正審決で認められた明細書の訂正を無効とする旨の訂正無効の審判を請求した。

特許庁は、同請求を平成2年審判第23494号として審理し、平成5年3月30日、「昭和58年審判第6902号審決で認められた第950343号特許明細書の訂正を無効とする。」との審決(以下「訂正無効審決」という。)をし、その謄本は、平成5年5月12日、原告に送達された。

(4)  原告は、訂正無効審決に対し、審決取消訴訟を提起した(東京高等裁判所平成5年(行ケ)第151号)が、同裁判所は、平成6年10月26日、「原告の請求を棄却する。」との判決をした。

そこで、原告は、この判決に対する上告をし、他方、本件特許請求の範囲を後記のとおり訂正する再度の訂正審判の請求をした(平成7年審判第15017号、以下「第2次訂正審判」という。)ところ、同年10月2日、同訂正を認める審決(以下「第2次訂正審決」という。)がされたので、上記上告を取り下げた。

2  本件審決が認定した本件発明の特許請求の範囲

目的物Oと係合させられるように各々適合させられた複数の一緒に固定された取付け具から成るクリップであって、該取付け具の各々が目的物貫通部分2と、拡大部分4と、該両部分を結合している該貫通部分2から伸長した細長い区分材6と、該貫通部分2を相互に平行的に間隔を置いて結合している切断されうる部材8、10とから成るクリップにおいて、該拡大部分間に介在してそれらを結合している容易に切断されうる固定部材22を備え、該固定部材は該切断されうる部材より隣接する該拡大部分がねじり力により相互に手操作で分離されうる程に充分弱いことを特徴とするクリップ。

3  第2次訂正審決により訂正された後の本件発明の特許請求の範囲

目的物Oと係合させられるように各々適合させられた複数の一緒に固定された取付け具から成るクリップであって、該取付け具の各々が目的物貫通部分2と、拡大部分4と、該両部分を結合している該貫通部分2から伸長した細長い区分材6と、該貫通部分2を相互に平行的に間隔を置いて結合している切断されうる部材8、10とから成るクリップにおいて、該拡大部分間に介在してそれらを結合している容易に切断されうる固定部材22を備え、該固定部材は該切断されうる部材より隣接する該拡大部分がねじり力により相互に手操作で分離されうる程に充分弱く、更に、該固定部材22はクリップの他の部分とプラスチック材料による一体成形により形成されることを特徴とするクリップ。(注、下線部分が訂正箇所である。)

4  本件審決の理由の要旨

本件審決は、本件発明と実公昭45-30363号公報(甲第8号証、審判における甲第4号証。以下「引用例」という。)の記載事項を対比し、両者の相違点(1)~(3)について、

「(1)の点について、複数個の取付け具において、それらの貫通部分が切断されうる部材により相互に平行的に間隔を置いて結合されている貫通部分の結合手段は本件特許発明の出願前周知・・・であるから、この点に格別の発明力を認めることはできない。

(2)の点について、各々の拡大部分を固定部分(本件特許発明の実施例では接着剤をも含む)で結合する際固定部材を本件特許発明のように拡大部分間に介在させるか、甲第4号証のように止め片の縁部に介在させるかは各々の拡大部分を結合する機能において格別差異が認められないので、この点は単なる設計変更にすぎない。

(3)の点について、甲第4号証に、ピン単体の両縁部が接着剤で接着されているためにピン単体相互のもつれを無くするようにすることが示されている以上、両縁部を接着する代りに取付け具相互のもつれを防ぐために、本件特許発明の如く固定部材で拡大部分をねじり力により分離させることは当業者であれば容易になし得たものと認められる。又この固定部材を切断されうる部材より手操作で分離されうる程充分弱くするとある点は甲第4号証のものも、各止め片は取付機具で分離するものではないから当然手操作で分離されるものと認められる、してみると各止め片の接着力を各突入杆兼止め杆の接着より弱くするかその同程度でない限り、止め片が手操作では分離しないのであるから、

この点は当業者であれば容易になし得たものと認められる。」(審決書4丁表1行~4丁裏9行)と判断した。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決は、本件発明の取付具の拡大部分の結合手段としての「固定部材22」に接着剤が含まれることを前提に、本件発明のクリップと引用例記載のピン結集体との相違点の対比判断をし、進歩性がないとの判断をしている。

しかし、第2次訂正審決の確定により、「固定部材22はクリップの他の部分とプラスチック材料による一体成形により形成されること」が特許請求の範囲に明記され、特許請求の範囲が減縮されたのであるから、本件発明の固定部材22に接着剤が含まれないことは、疑問の余地がなくなった。

したがって、固定部材22に接着剤を含むことを前提とする本件審決は、結果的に本件発明の要旨の認定を誤ったことに帰し、その誤りは、審決の結論に影響する。

すなわち、固定部材22を一体成形されるプラスチック材に限定すれば、接着剤による固定の場合に比べ、構成において明白に相違するうえ、製造工程が一工程に簡略化され、使用に際し接着剤の粉末が飛び散ることもなく、また、細いプラスチックの方が接着剤面を引き剥がすよりもねじり力で切断するのに適する等の多くの作用効果が存在するからである。

よって、本件審決は取り消されなければならない。

第4  被告主張の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。

第2次訂正が認められたことは認めるが、引用例との対比において本件発明に進歩性が認められないことに変わりはない。

第5  証拠関係

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立(乙第18、第19号証は原本の存在とも)については、いずれも当事者間に争いはない。

第6  当裁判所の判断

本件審決がなされた後の第2次訂正審決の確定により、本件発明の特許請求の範囲に、「固定部材22はクリップの他の部分とプラスチック材料による一体成形により形成される」ことが明記され、特許請求の範囲が減縮されたことは、当事者間に争いがない。

この事実によると、本件審決は、結果として、本件発明の要旨の認定を誤ったことになる。

そして、本件審決は、本件発明と引用例記載の考案との相違点の判断において、本件発明における固定部材に接着剤を含むこと及び引用例記載の考案においてピン単体の両縁部が接着剤で接着されていることを前提に判断していることは、前記の審決の理由の要旨から明らかである。

そうすると、上記本件発明の要旨認定の誤りは、本件発明の進歩性の判断に影響を及ぼすものと認められるから、本件審決は、違法として取消しを免れない。

よって、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 押切瞳 裁判官 芝田俊文)

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